拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

This is a 《あしながおじさん(ジーン・ウェブスター)》 fanfiction

last updateLast Updated : 2025-02-12
By:   日暮ミミ♪  Updated just now
Language: Japanese
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Synopsis

三人称

純愛

青春

高校生

年の差

初恋

「お元気ですか? わたしは今日も元気です――。」 山梨の養護施設で育ち、高校進学を控えた相川愛美は、施設に援助してくれているある資産家の支援を受けて横浜にある全寮制の名門女子校へ進学。〝あしながおじさん〟と名付けたその人へ、毎月手紙を出すことに。 しばらくして、愛美は同級生の叔父・純也に初めての恋をするけれど、あるキッカケから彼こそが〝あしながおじさん〟の招待であることに気づいてしまい……。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)

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ゆううつな水曜日……

「――はあ……」 ここは山梨(やまなし)県のとある地方都市。 秋も深まったある日、一人セーラー服姿の女子中学生が、学校帰りに盛大なため息をつきながら田んぼの畦(あぜ)道をトボトボと歩いていた。 それは決して、テストの成績が悪かったから……ではない。彼女の成績は、学年ではトップクラスでいいのだから。 彼女の悩みはもっと深刻なのだ。進路決定を控えた中学三年生にとって、進学するか就職するかは一大事である。 彼女は県外の高校への進学を望んでいるけれど、それが難しいことも分かっている。 なぜなら、彼女は幼い頃から施設で暮らしているから。 彼女――相川(あいかわ)愛(まな)美(み)は、物(もの)心(ごころ)つく前から児童養護施設・〈わかば園〉で育ってきた。両親の顔は知らないけれど、聡(さと)美(み)園長先生からはすでに亡くなっていると聞かされた。  〈わかば園〉は国からの援助や寄付金で運営されているため、経営状態は決していいとはいえない。そのため、この施設には高校卒業までいられるけれど、進学先は県内の公立高校に限定されてしまう。県外の高校や、まして私立高校の進学費用なんて出してもらえるわけがないのだ。 進学するとなると、卒業までに里親を見つけてもらうか、後見人になってくれる人が現れるのを待つしかない。「進学したいなあ……」 愛美はまた一つため息をつく。希望どおりの高校に進学することが普通じゃないなんて――。 学校の同級生はみんな、当たり前のように「どこの高校に行く?」という話をしているのに。(どうしてわたしには、お父さんとお母さんがいないんだろう?) 実の両親は亡くなっているので仕方ないとしても、義理の両親とか。誰か引き取ってくれる親戚とかでもいてくれたら……。「――はあ……。帰ろう」 悩んでいても仕方ない。施設では優しい園長先生や先生たちや、〝弟妹(きょうだい)たち〟が待っているのだ。「ただいまぁ……」  〈わかば園〉の門をくぐると、愛美は庭で遊んでいた弟妹たちに声をかけた。 そこにいるのはほとんどが小学生以下の子供たちだけれど、そこに中学一年生の小(こ)谷(たに)涼(りょう)介(すけ)も交じってサッカーをやっている。「あ、愛美姉ちゃん! お帰りー」「……ただいま。ねえリョウちゃん、先生たちは?」「先生たちは、園長先生の手伝いし...

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ゆううつな水曜日……
「――はあ……」 ここは山梨(やまなし)県のとある地方都市。 秋も深まったある日、一人セーラー服姿の女子中学生が、学校帰りに盛大なため息をつきながら田んぼの畦(あぜ)道をトボトボと歩いていた。 それは決して、テストの成績が悪かったから……ではない。彼女の成績は、学年ではトップクラスでいいのだから。 彼女の悩みはもっと深刻なのだ。進路決定を控えた中学三年生にとって、進学するか就職するかは一大事である。 彼女は県外の高校への進学を望んでいるけれど、それが難しいことも分かっている。 なぜなら、彼女は幼い頃から施設で暮らしているから。 彼女――相川(あいかわ)愛(まな)美(み)は、物(もの)心(ごころ)つく前から児童養護施設・〈わかば園〉で育ってきた。両親の顔は知らないけれど、聡(さと)美(み)園長先生からはすでに亡くなっていると聞かされた。  〈わかば園〉は国からの援助や寄付金で運営されているため、経営状態は決していいとはいえない。そのため、この施設には高校卒業までいられるけれど、進学先は県内の公立高校に限定されてしまう。県外の高校や、まして私立高校の進学費用なんて出してもらえるわけがないのだ。 進学するとなると、卒業までに里親を見つけてもらうか、後見人になってくれる人が現れるのを待つしかない。「進学したいなあ……」 愛美はまた一つため息をつく。希望どおりの高校に進学することが普通じゃないなんて――。 学校の同級生はみんな、当たり前のように「どこの高校に行く?」という話をしているのに。(どうしてわたしには、お父さんとお母さんがいないんだろう?) 実の両親は亡くなっているので仕方ないとしても、義理の両親とか。誰か引き取ってくれる親戚とかでもいてくれたら……。「――はあ……。帰ろう」 悩んでいても仕方ない。施設では優しい園長先生や先生たちや、〝弟妹(きょうだい)たち〟が待っているのだ。「ただいまぁ……」  〈わかば園〉の門をくぐると、愛美は庭で遊んでいた弟妹たちに声をかけた。 そこにいるのはほとんどが小学生以下の子供たちだけれど、そこに中学一年生の小(こ)谷(たに)涼(りょう)介(すけ)も交じってサッカーをやっている。「あ、愛美姉ちゃん! お帰りー」「……ただいま。ねえリョウちゃん、先生たちは?」「先生たちは、園長先生の手伝いし
last updateLast Updated : 2025-02-12
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旅立ち、新生活スタート。
 ――それから半年が過ぎ、季節は春。愛美が〈わかば園〉を巣立(すだ)つ日がやってきた。「――愛美ちゃん、忘れ物はない?」「はい、大丈夫です」 大きなスポーツバッグ一つを下げて旅立っていく愛美に、聡美園長が訊ねた。「大きな荷物は先に寮の方に送っておいたから。何も心配しないで行ってらっしゃい」「はい……」 十年以上育ててもらった家。旅立つのが名残(なごり)惜しくて、愛美はなかなか一歩踏み出せずにいる。「愛美ちゃん、もうタクシーが来るから出ないと。ね?」 園長だって、早く彼女を追いだしたいわけではないので、そっと背中を押すように彼女を促(うなが)した。「はい。……あ、リョウちゃん」 愛美は園長と一緒に見送りに来ている涼介に声をかけた。「ん? なに、愛美姉ちゃん?」「これからは、リョウちゃんが一番お兄ちゃんなんだから。みんなのことお願いね。先生たちのこと助けてあげるんだよ?」 この役目も、愛美から涼介にバトンタッチだ。「うん、分かってるよ。任せとけって」「ありがとね。――園長先生、今日までお世話になりました!」 愛美は目を潤(うる)ませながら、それでも元気にお礼を言った。 ――動き出したタクシーの窓から、だんだん小さくなっていく〈わかば園〉の外観を切なく眺めながら、愛美は心の中で呟いた。(さよなら、わかば園。今までありがとう) 駅に向かう道のりは長い。朝早く起きた愛美は襲(おそ)ってきた眠気に勝てず、いつの間にか眠っていた――。   * * * * JR(ジェイアール)甲(こう)府(ふ)駅から特急で静岡(しずおか)県の新富士(ふじ)駅まで出て、そこから新横浜駅までは新幹線。 そこまでの切符(チケット)は全て、〝田中太郎〟氏が買ってくれていた。(田中さんって人、太っ腹だなあ。入試の時の往復の交通費も出して下さったし) 新幹線の車窓(しゃそう)から富士山を眺めつつ、愛美は感心していた。自分が指定した高校を受験するからといって、一人の女の子に対してそこまで気前よくするものだろうか? もし合格していなかったら、入試の日の交通費はドブに捨てるようなものなのに。(ホントにその人、女の子苦手なのかな……?) 園長先生がそんなことを言っていた気がするけれど。自分にここまでしてくれる人が、女の子が苦手だとはとても思えない。 もしも本当
last updateLast Updated : 2025-02-12
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恋の予感……
 ――愛美の高校生活がスタートしてから、早や一ヶ月が過ぎた。「愛美、中間テストの結果どうだった?」 授業が終わった後、二〇六号室に遊びに来ていたさやかが愛美に訊いた。 最初は殺風景だったこの部屋も、さやかと二人で買い揃えたインテリアのおかげで過ごしやすい部屋になった。 カーテンにクッション、センターラグに可愛い座卓。三年生が開催していたフリーマーケットで安く買えたものばかり。さやかのセンスはピカイチだ。「うん、よかったよ。学年で十位以内に入った」「えっ、マジ!? スゴいじゃん!」 愛美やさやかの学年は、全部で二百人いる。その中の十位以内というのだから、大したものだ。「そうかなあ? でもね、あしながおじさんが援助してくれなかったら、わたし住み込みで就職するしかなかったんだ」「へえ、そうなんだ……。じゃあ、そのおじさまにはホントに感謝だね」 さやかにも珠莉にも、あしながおじさんのことは打ち明けてある。二人とも、愛美のネーミングセンスは「なかなか個性的だ」と言っている。 ……もっとも、このニックネームの出どころがアメリカ文学の『あしながおじさん』だということは話していないけれど。「うん、ホントにね。――ところで、さやかちゃんと珠莉ちゃんの方はどうだったの? 中間テスト」「…………う~~、ボロボロ。というわけで明日、補習あるんだ。二人とも」「あれまぁ、大変だねえ……」「そうなのよ~。高校の勉強ってやっぱ難しくなってるよね」 さやかだって、中学まではそれほど成績も悪くなかったはずだ。……珠莉の方はどうだか知らないけれど。「でもさ、愛美は勉強はできるけど流行には疎(うと)いじゃん? こないだだって『〝あいみょん〟ってこの学年の子?』って訊いてたし。タピオカも知らなかったでしょ?」 さやかが愛美のやらかしエピソードを暴露した。 人気シンガーソングライター〝あいみょん〟を「この学年の子?」と言ってしまったのは、入学して間もない頃のことである。その話が学年全体に広まってしまったせいで、愛美は〝ボケキャラ〟認定されてしまったのだ。「あれは……、ボケとかじゃなくてホントに知らなかったの! 施設にいた頃はあんまりTVも観られなかったし、近くにコンビニもなかったから」 流行に疎い愛美は、周りの子たちの会話になかなかついて行けない。さやかがいてくれな
last updateLast Updated : 2025-02-12
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ナツ恋。
 ――六月。横浜もすっかり梅雨(つゆ)入りしており、茗倫女子大付属の制服も夏服――リボン付きの白い半袖ブラウスにグレーのハイウエストのジャンパースカート――へと衣替えした。「はい、愛美。じっとして、動かないで!」 ここは〈双葉寮〉の二〇七号室。さやかと珠莉の部屋である。 放課後のひととき、長い黒髪が自慢(?)の愛美は、さやかの手によってそのロングヘアーをいじられ……もといアレンジされていた。「――はい、できた! 愛美、鏡見てみなよ。すごく可愛くなったから」「えっ、どれどれ? ……わあ、ホントだ!」 さやかから差し出されたスタンドミラーを覗き込んだ愛美は、歓声を上げた。 鏡に写っている愛美の髪形は、プロの美容師がやってくれるような編み込みが入った可愛いヘアスタイルになっている。TVの中のアイドルや女優・モデルなどがよくしているのを、愛美も見ていた。「スゴ~い、さやかちゃん! 手先、器用なんだね。もしかして美容師さん目指してるの?」「ううん、そんなんじゃないんだけどさ。ウチ、小さい妹がいてね。中学時代はよく妹の髪いじってたんだ」 さやかの口から、父親以外の家族の話題が出たのは初めてだ。 「妹さん? 今いくつ?」「今年で五歳。この春から幼稚園に通ってるよ」「へえ……。可愛いだろうね」 愛美はそう言って、山梨にある〈わかば園〉の幼い弟妹たちに思いを馳(は)せた。 施設を出るまで、愛美がずっと世話してきた可愛い弟妹たち。みんな元気かな? 今ごろみんなどうしてるんだろう――?「――っていうかさ、愛美。たまには違うヘアースタイルにするのもいいもんでしょ? いつも下ろしてるから。暑くなってきてるしさ」「うん。たまにはいいかもね。だってわたし、中学の頃はずっと三つ編みかお下げしかしてなかったんだよ」「え~、もったいない。こんなにキレイな髪してるのに。好きな人もできたことだしさ、ちょっとはオシャレに気を遣ってもいいかもよ?」 さやかが茶化すように言って、ウシシと笑う。〝好きな人〟というフレーズに、愛美の顔が赤く染まった。 まだ恋を自覚して半月ほどしか経っていないのだ。しかも初恋なので、この状況に慣れるにはまだまだ時間がかかるのである。「もうっ! さやかちゃん、からかわないでよっ! わたし、まだ恋バナとか慣れてないんだから!」「はいはい、分か
last updateLast Updated : 2025-02-12
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二学期~素敵なプレゼント
 ――夏休みが終わる一週間前、愛美は〈双葉寮〉に帰ってきた。「お~い、愛美! お帰り!」 大荷物を引きずって二階の部屋に入ろうとすると、一足先に帰ってきていたさやかが出迎えてくれて、荷物を部屋に入れるのを手伝ってくれた。「あ、ありがと、さやかちゃん。ただいま」「どういたしまして。――で、どうだった? 農園での夏休みは。楽しかった?」 さやかはそのまま愛美の部屋に残り、愛美の土産(みやげ)話を聞きたがる。 愛美はベッドに腰かけ、座卓の前に座っているさやかに語りかけた。「うん、楽しかったよ。農作業とか色々体験させてもらったし、お料理も教えてもらったし。すごく充実した一ヶ月間だった」「へえ、よかったね」「うん! いいところだったよー。自然がいっぱいで、空気も澄んでて、夜は星がすごくキレイに見えたの。降ってくるみたいに。あと、お世話になった人たちもみんないい人ばっかりで」「星がキレイって……。アンタが育った山梨もそうなんじゃないの?」 〝田舎(いなか)〟という括(くく)りでいうなら、長野も山梨もそれほど違わないと思うのだけれど。――ちなみに、ここでいう〝田舎〟とは「〝都会〟に対しての〝田舎〟」という意味である。「そうかもだけど。ここに入るまでは、星なんてゆっくり見てる余裕なかったもん」 施設にいた頃の愛美は、同室のおチビちゃんたちのお世話に職員さんのお手伝い、学校での勉強に進路問題にと忙しく、心のゆとりなんてなかったのだ。「あ、そうだ。あのね、わたしがお世話になった農園って、純也さんとご縁があったの。昔は辺唐院家の持ちもので、子供の頃に喘息持ちだった純也さんがそこで療養してたんだって」 彼の喘息が完治したのは、あの土地の空気が澄んでいたからだろう。「でね、純也さんと電話でちょっとお話できたんだ♪」「へえ、よかったじゃん。……で? 愛美はますます彼のこと好きになっちゃったんだ?」「……………………うん」 さやかにからかわれた愛美は、長~い沈黙のあとに頷いて顔を真っ赤に染めた。思いっきり図星だったからである。(ヤバい! また顔に出ちゃってるよ、わたし! もうホントにスルースキルが欲しいよ……) 純也さんとは電話で話しただけだったけれど、あの時でさえ胸の高鳴りを抑(おさ)えられなかった。もしも本人と対面して話していたら……と思うと、何だ
last updateLast Updated : 2025-02-12
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バイバイ、ネガティブ。
 ――三学期が始まって、一週間ほどが過ぎた。「見てみて、愛美! 短編小説コンテストの結果が貼り出されてるよ!」 一日の授業を終えて寮に戻る途中、文芸部の部室の前を通りかかるとさやかが愛美を手招きして呼んだ。「今日だったんだね、発表って。――ウソぉ……」 珠莉も一緒になって掲示板を見上げると、愛美は自分の目を疑った。「スゴいじゃん、愛美! 大賞だって!」「…………マジで? 信じらんない」 思わず二度見をしても、頬をつねってみても、その光景は現実だった。【大賞:『少年の夏』 一年三組 相川愛美 〈部外〉】 「確かに愛美さんの小説のタイトルね。あとの入選者はみんな文芸部の部員さんみたいですわよ?」「ホントだ。ってことは、部員外で入選したの、わたしだけ?」 まだ現実を受け止めきれない愛美が呆然(ぼうぜん)としていると、部室のスライドドアが開いた。「相川さん、おめでとう! あなたってホントにすごいわ。部外からの入選者はあなただけよ。しかも、大賞とっちゃうなんて!」「あー……、はい。そうみたいですね」 興奮気味に部長がまくし立てても、愛美はボンヤリしてそう言うのが精いっぱいだった。「表彰式は明日の全校朝礼の時に行われるんだけど。あなたには才能がある。文芸部に入ってみない?」「え……。一応考えておきます」「できるだけ早い方がいいわ。あなたが二年生になってからじゃ、私はもう卒業した後だから」「……はあ」 愛美は部長が部室に引き上げるまで、終(しゅう)始(し)彼女の勢いに押されっぱなしだった。「――で、どうするの?」「う~ん……、そんなすぐには決めらんないよ。誘ってもらえたのは嬉しいけど」「まあ、そうだよねえ」 今はまだ、大賞をもらえたことに実感が湧かないけれど。気持ちの整理がついたら、文芸部に入ってもいいかな……とは思っている。「そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの?」 さやかに言われるまで、そのことを忘れかけていた愛美はハッとした。「そっか、そうだよね。わたし、そこまで考えてなかった。ありがと、さやかちゃん!」 愛美の夢に一番期待してくれているのは、〝あしながおじさん〟かもしれないのだ。だとしたら、この喜ばしい出来事を真っ先に彼に報告するのがスジというものである。「きっとおじさまも、愛美さんの入選を喜んで下
last updateLast Updated : 2025-02-12
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純也の来訪、再び。
****『拝啓、あしながおじさん。 わたしが横浜に来て、二度目の春がやってきました。そして、高校二年生になりました! 今年は一人部屋じゃなく、さやかちゃんと珠莉ちゃんと三人部屋です。お部屋の真ん中に勉強スペース兼お茶スペースがあって、その周りに三つの寝室があります。でも、ルームメイトだったらそれぞれの寝室への出入りは自由なんだそうです。 そして、わたしは文芸部に入ることにしました。小説家になるには、個人で書くだけじゃ多分、人から読んでもらう機会は少ないと思うので。もっとたくさんの人の目に触れるには、その方がいいと思うんです。 今年は一年生の頃よりもたくさんの本を読んで、たくさんの小説を書こうと思います。 一年前、わたしは孤独でした。でも今は、さやかちゃんと珠莉ちゃんという頼もしい親友がいるので、もう淋しくありません。 ではまた。これからも見守っててくださいね。    かしこ             四月四日    二年生になった愛美    』**** ――新学期が始まって、一週間が過ぎた。「愛美、結局文芸部に入ることにしたんだ?」 夕方、授業を終えて寮に帰る道すがら、さやかが愛美に訊いた。――ちなみに、もちろん珠莉も一緒である。「うん。せっかく誘ってもらってたしね。あの時の部長さんはもう卒業されちゃっていないけど、大学でも文芸サークルに入ってるんだって。たまに顔出されるらしいよ」 愛美は春休みの間にそのまま茗倫女子大に進学した彼女を訪ね、わざわざ大学の寮まで出向いた。 大学の寮〈芽生(めばえ)寮〉は、この〈双葉寮〉よりもずっと大きくて立派だった。外部からの入学組も多いため、収容人数も高校の寮の比ではない。「へえ、そっか。喜んでたでしょ、先輩」「うん。二年生だけど、新入部員だからなんかヘンな感じだね」「そんなことないよ。むしろ新鮮だって思うべきだね、そこは」 上級生になったからって、いきなり先輩ヅラする必要はない。一年後輩の子たちとも、新入部員同士で仲良くなれたらそれでいい。そうさやかは言うのだ。「そうだね。――ところで、二人はもう部活決めた?」 一年生の時は、それぞれ学校生活に慣れるのに必死だろうからと、部活のことは特に言われなかったけれど。二年生にもなれば、各々(おのおの)入りたい部活ややりたいことも見つかるというもので
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恋する表参道
 ――それから数週間が過ぎ、G.W.(ゴールデンウィーク)が間近に迫った頃。「相川さん、お疲れさま。もう部活には慣れた?」 文芸部の活動を終えて、部室を出ていこうとしていた愛美は、三年生の部長に声をかけられた。 彼女は前部長が卒業するまでは副部長をしていて、三年生に進級したと同時に部長に昇格した。お下げの黒髪がよく似合い、シャレた眼鏡(メガネ)をかけているいかにもな〝文学少女〟である。名前は後(ご)藤(とう)絵美(えみ)という。「あ、お疲れさまです。――はい、すっかり。すごく楽しいです」「よかった。あたしも冬のコンテストの大賞作読んだよー。すごく面白かった。さすが、千香(ちか)先輩が見込んだだけのことはあるわ」「いえ……、そんな。ありがとうございます」 愛美は何だか恐縮して、控えめにお礼を言った。――ちなみに、前部長の名前は北原(きたはら)千香というらしい。 一年生の新入部員の子たちと一緒に入部した愛美は、最初の頃こそ「相川先輩」「愛美先輩」と呼ばれ、一年生たちから少し距離を置かれていたし、愛美自身も一年下の〝同期〟にどう接していいのか分からずにいたけれど。 最近では一歳くらいの年の差なんてないも同然で、一年生の子も気軽に声をかけてくれるようになった。敬語は使われるけれど、同じ小説や文芸作品を愛する仲間だ。「来月に出す部誌は、新入部員特集号だから。巻頭は相川さんの作品を載せることにしたんだよ」「えっ、ホントですか!? ありがとうございます!」 愛美も今度は、思わず大きな声でお礼を述べた。 新入部員とはいえ、自分は二年生だから、一年生の子に花を持たせてやりたいと思っていたのだ。「うん。あの作品、みんなから評判よくてね。満(まん)場(じょう)一(いっ)致(ち)で巻頭に載せるって決まったの」「そうなんですか……。なんか、一年生の子たちに申し訳ないですけど、でもやっぱり嬉しいです。――じゃあ、失礼します」  後藤部長に会釈して、愛美は親友であるさやかと珠莉の待つ寮の部屋に帰った。 それぞれ陸上部と茶道部に入った二人(さやかは陸上部・珠莉は茶道部)は、今日は部活が休みだと言っていたのだ。「――ただいまー」「あ、愛美。お帰りー」 部屋に入ると、すでに長袖パーカーとデニムパンツに着替えていたさやかが出迎えてくれた。 珠莉はスマホを手に、
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ホタルに願いを込めて……
 ――愛美たちの原宿散策から一ヶ月が過ぎ、横浜は今年も梅雨入りした。「――愛美、あたしこれから部活だから。お先に」 終礼後、スポーツバッグを提げたさやかが愛美に言った。「うん。暑いから熱中症に気をつけてね」 梅雨入りしたものの、今年はあまり雨が降らない。今日も朝からよく晴れていて蒸し暑い。屋外で練習する陸上部員のさやかには、この暑さはつらいかもしれない。「あら、さやかさんもこれから部活? 私もですの」「アンタはいいよねー。冷房の効いた部室で活動できるんだもん」「そうでもないですわよ? お茶を点(た)てるときのお湯は熱いし、着物も着なくちゃならないから」  珠莉は茶道部員である。さすがに活動のある日、毎回和装というわけではないけれど、定期的に野(の)点(だて)を開催したりするので、大変は大変なのだ。「へえー、そういうモンなんだぁ。どこの部も、ラクできるワケじゃないんだねー。――愛美も今日は部活?」「ううん。文芸部(ウチ)は基本的に自由参加だから、わたしは今日は参加しないよ」「え~~~~、いいなぁ。……じゃあ行ってくるね」「うん。行ってらっしゃい」 親友二人を見送り、自分も教室を出ようと愛美が席を立つと――。「相川さん、ちょっといいかしら?」 クラス担任の女性教師・上村(うえむら)早苗(さなえ)先生に呼び止められた。 彼女は四十代の初めくらいで、国語を担当している。また、愛美が所属している文芸部の顧問でもあるのだ。「はい。何ですか?」「あなた、今日は部活に参加しないのよね? じゃあこの後、ちょっと私に付き合ってもらってもいい? 大事な話があって」「はあ、大事なお話……ですか? ――はい、分かりました」(大事な話って何だろう? まさか、退学になっちゃうとか!?) 愛美は頷いたものの、内心では首を傾げ、イヤな予感に頭を振った。 (そんなワケないない! わたし、退学になるようなこと、何ひとつしてないもん!) とはいうものの、先生から聞かされる話の内容の予想がまったくできない愛美は、小首を傾げつつ彼女のあとをついて行った。   * * * *「――相川さん、ここで座って待っていてね。先生はちょっと事務室でもらってくるものがあるから」「はい」 通されたのは職員室。上村先生は、その一角の応接スペースで待っているように愛美に伝
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疑いから確信へ
 ――純也さんとの恋が実った夜。愛美は自分の部屋で、スマホのメッセージアプリでさやかにその嬉しい報告をしていた。『さやかちゃん、わたし今日、純也さんに告白したの! そしたら純也さんからも告白されてね、お付き合いすることになったの~~!!!(≧▽≦)』「……なにコレ。めっちゃノロケてるよ、わたし」 打ち込んだメッセージを見て、自分で呆れて笑ってしまう。『っていうか、純也さんはもうわたしと付き合ってるつもりだったって!  さやかちゃんの言ってた通りだったよ( ゚Д゚)』 愛美は続けてこう送信した。二通とも、メッセージにはすぐに既読がついた。 ――あの後、千藤家への帰り道に、純也さんが自身の想いを愛美に打ち明けてくれた。   * * * *『実はね、僕も迷ってたんだ。君に想いを伝えていいものかどうか』『……えっ? どうしてですか?』 愛美がその意味を訊ねると、純也さんは苦笑いしながら答えてくれた。『さっき愛美ちゃんも言った通り、君とは十三歳も年が離れてるし、周りから「ロリコンだ」って思われるのも困るしね。まあ、珠莉の友達だからっていうのもあるけど。――あと、僕としてはもう、君とは付き合ってるつもりでいたし』 『えぇっ!? いつから!?』 最後の爆弾発言に、愛美はギョッとした。『表参道で、連絡先を交換した時から……かな。君は気づいてなかったみたいだけど』『…………はい。気づかなくてゴメンなさい』 さやかに言われた通りだった。あれはやっぱり、「付き合ってほしい」という意思表示だったのだ!『君が謝る必要はないよ。初恋だったんだろ? 気づかないのもムリないから。こんな回りくどい方法を取った僕が悪いんだ。もっとはっきり、自分の気持ちを伝えるべきだったんだよね』『純也さん……』『でも、愛美ちゃんの方が潔(いさぎよ)かったな。自分の気持ちをストレートにぶつけてくれたから』『そんなこと……。ただ、他に伝え方が分かんなかっただけで』『いやいや! だからね、僕も腹をくくったんだ。年齢差とか、姪の友達だとかそんなことはもう取っ払って、自分の気持ちに素直になろうって。なまじ恋愛経験が多いと、余計なことばっかり考えちゃうんだよね。だからもう、初めて恋した時の自分に戻ろうって』 純也さんだってきっと、自分から女性を好きになったことはあるんだろう。それ
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